2008年11月29日

「楽しめよ」田臥勇太の父


(留学した)ハワイでは
最初の三ヵ月くらいはホームシックで
初めて親に手紙を書きました。
電話がかかってきて、
母は心配が少し入った大丈夫?という感じで、
父は楽しめよと。
家族は困ったとき、
必ず支えてくれる存在だと気づきました。


田臥勇太
プロバスケットボールプレーヤー


田臥勇太さん。
東京新聞のインタビュー記事に登場していました。



能代工高で歴史的な活躍をしているころから
田臥勇太さんの名前は知っていました。

たまたま見たインターハイの決勝だったでしょうか。
バスケットは分からないながら
試合を見ていて、彼が凄い存在であることがすぐ分かり
強烈な印象を受けたことを思い出します。

背がめちゃくちゃ低いけど、
スピードと力強さが周りの選手とまったく違いました。
その後はまったくノーチェックだったのですが
2004年に日本人初のNBAプレーヤーにったとき
NHKスペシャルのような番組を見たような記憶があります。


彼を見ているといつも思うのですが
しっかり太い芯があるなぁ、と。

馬鹿でかい相手に当たられても負けない
つよい芯がある。
肉体的にも精神的にも。
そう感じるのです。

この芯を構成している要因の一つが
家族に対する無条件の信頼であることが
今回の東京新聞の記事を見て理解できました。


田臥さんの父親は植木職人だということです。
…なんとなく彼に鉢巻と半纏をつけた姿を想像してしまった。 (^^;


田臥さんのインタビュー記事を見て
このお父さんというのは、非常に職人っぽいひとだなぁ、と感じた次第。

スパッとしていてぐらつかない。
自分のやったことに誇りを持っている。
でなければそうそう楽しめなんて口に出せない。

自分のやっていることを楽しめる人間が
自分のやることに誇りを持ち
自分の態度をぐらつかせずにキープできる。
そういう資質が
田臥さんにきちんと受け継がれているのでしょう。

さらに、田臥さんが今年から日本で活動することになったので
それを精神的にサポートするためにも
なるべく試合を見てやろうとする優しい思いやり。



こういう親の姿を見ながら
「何も疑いなく両親を尊敬しています」と言い切ることが出来る
田臥勇太は なんと幸せな人間なのでしょうか。



では引用元の記事をご紹介。
東京新聞です。

家族のこと話そう
2008/011/22(土)東京新聞・朝刊 8面暮らし欄

   支え役の父 信条「楽しめ」

                 田臥勇太さん
           (プロバスケットボールプレーヤー)


 年齢を重ねるごとに、父に似ているんだなと感じています。父はやりたいことを思い切りやればいいというスタンス。今まで自分が決断してきたことにも出ているなと。

 父は植木職人です。小中学生のころ、周りよりはうまかったので、どこかで自分勝手な態度を取っていたことがあって、父によく「天狗になるな」といわれました。小さい頃から、悪いことは悪い、良いことは良いんだ、とはっきり言ってくれて、厳しく怒られることもありましたが、素直に受け入れられました。

 親元を離れ、秋田県の県立能代工業高校に行くことを決めたとき、相談じゃなく報告的な感じで両親に話しましたが、「決めたんなら、ちゃんと三年間頑張ってこい」と送り出してくれました。米国ハワイの大学に留学を決めたときも最後は「おまえのしたいようにしろ」と言ってくれました。

 ハワイでは最初の三ヵ月くらいはホームシックで初めて親に手紙を書きました。電話がかかってきて、母は心配が少し入った大丈夫?という感じで、父は楽しめよと。家族は困ったとき、必ず支えてくれる存在だと気づきました。そう、父はよく「楽しめ」と言います。

 日本に戻ってJBL(日本バスケットリーグ)のチームに入った後、一年でNBAに挑戦する時も、決めてから報告しました。父は周りにちゃんと話をして、けじめをつけてから行けと。大学をやめた時もそう。父は礼儀をしっかり守る人で、礼儀の大切さを学びました。

 NBAのフェニックス・サンズと契約して開幕戦を迎えられることになった時、それまでの感謝の気持ちを形で表したくて両親をアメリカに呼びました。両親は息子がそういう場に立てたということ、その姿を見られたということですごく喜んでくれました。

 今年、日本でプレーしていますが、「いろいろな思いはあるだろうけれど、プレーを見られて何よりうれしい」とできるかぎり観戦に来てくれます。アメリカで成長したところをみせたいと思います。

 ハワイ留学が決まったころ両親から「一番のおまえのファンはおれたちだから」「おまえがやりたいことをやればいいし、心配するな。おまえがやっていることを支えたいしそれが楽しみだから」と言われました。心配しながらも、応援してくれるんだと感謝の気持ちをすごく持ちました。二人のために頑張りたいと思ったし、その思いは今も忘れていません。

 父が母や姉へかける言葉とかみていても、強くて優しいと感じる。母は人のために何かしてあげたいという優しさがすごくある。何も疑いなく両親を尊敬しています。

(聞き手・飯田克志)
 たぶせ・ゆうた 1980年、横浜市生まれ。秋田県立能代工業高で9冠達成。2003年から米プロバスケットボールNBAに挑戦。04年、日本人初のNBAプレーヤーに。今季JBLのリンク栃木ブレックス所属。


posted by おちょ at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ことのは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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